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複合的な構造が特徴の戦国城郭のモデル
築城年:応永年間(1394年〜1427年)
主な城主:久々利氏、森氏
廃城年:天正12年(1584)以降
発達した虎口に大規模な切岸という戦国城郭のモデル。城主久々利氏の権力の大きさが垣間見える。 守護大名土岐氏の一族で、室町幕府の奉公衆であった久々利氏の本拠。天正11年(1583)に森長可に討たれ、森氏の居城となった。築城当初の単調な造りと戦国時代後半に導入された横矢や桝形虎口、横堀があり、複合的な構造となっている。